いよいよ生命倫理について議論すべきとき
先月、アメリカブッシュ大統領が法案の発行に対して初めての拒否権を発動したのをご存知だろうか。その法案とは「ヒトの胚性幹細胞(ES細胞)研究への連邦助成を拡大する法案」だ。理由は、ES細胞を作る過程で体外受精などで余った胚や中絶された胚が壊される(≒ヒトの基を壊す)ためで、「科学研究のために命を奪うという道を、選ばないだけのこと」だという。日本ではなぜこんな大事な事が大きく報道されないのだろう。早稲田大学の科学技術ジャーナリスト養成プログラムMAJESTyには是非がんばってもらいたいものだ。(実は初回シンポジウムに参加してるのですが、紹介遅れてます。今度します。)
話が横道にそれた。実は今月に入ってこれに関連していくつ新たな動きがあった。記事を三つ列挙する。
- CNN.co.jp:胚を傷つけずにES細胞作製 米企業が報告・・・今まではES細胞作成に使った胚は廃棄していたが、この実験により再利用(体内に戻す)ことが可能なことが実証。これに対してブッシュ大統領は歓迎する意向を示しているといわれている。アメリカでのヒトクローン胚研究が一気に動き出す可能性が高まってきた。(→違う見方のソース発見、2006.09.07追記)
- YOMIURI ONLINE:皮膚から「ES細胞」 京大チーム、マウスで成功・・・京大チームがマウスの皮膚からマウスのES細胞(厳密にはES細胞に似て身体の多様な細胞に分化することのできるiPS細胞)を作ることに成功。胚を使わないところに大きな意義。
- YOMIURI ONLINE:京大、ヒトクローン胚研究「当面着手せず」と表明・・・今年6月に文部科学省がまとめた指針案で国内で唯一ヒトクローン胚の作製・使用を認められている研究機関である京大が当面の同研究を着手しないと表明
個人的にはヒトクローンの研究に対しては大筋賛成である。しかし、今この日本においてこの議論が十分なされているとは思わない。欧米と違い、日本では生命生い立ちと宗教が結びついていないので仕方の無い一面もあるが、それにしても少なすぎると思う。
まだまだ技術的にはハードルは多いと思うが、2番目の方法でヒトのES細胞を作ることが出来たとき、それは皮膚の細胞からその人の臓器を培養できることを意味する。はたしてそれが許されるのか、あるいは複数作ったものを選別したとき、選ばれず捨てられるものは生命ではないのか。そして、経済力の差で寿命が決定付けられることになる。それはどこまで許容できるのか。ヒト胚を壊すという倫理的な問題が解決できそうとはいえ、技術的なハードル以外にも議論しなければならないことは山ほどある。
そして、議論が進まないということは、この分野での日本の研究速度を遅くすることになるし、何よりも、ES細胞由来の治療法でしか治らない病気を抱えている人の多くはこの研究の進展を望んでいる。韓国の黄教授の事件(→理系.info: 科学者の倫理感)もありアジアではこの分野の研究は日本が一番進んでいる。キリスト教的な解釈ではなく、アジア的な発想でのこの問題に対する回答を世界に対して示す義務を負っているのではないか。
全国民のこの問題に対する理解・議論を強く望むし、それに対するジャーナリズムの役割は大きいと思う。
【リンク】
- 京都大学再生医科学研究所・・・マウスの皮膚から万能細胞を作ったチームが所属する研究所